تسجيل الدخول* * *それからの日々は、あまりにも目まぐるしく、まるで夢の中にいるようだった。秘密の部屋の扉が勢いよく開いたかと思うと、リリシアの意識が戻ったことを知ったエルシー達が次々と押し寄せて来た。「リリシアちゃん、良かったよぉ~っ!」エルシーはリリシアの胸に飛び込び、顔をぐしゃぐしゃにしながら、まるで子供のようにわんわんと泣きじゃくる。その温かさに胸が締め付けられると、アルベルトとリゼルが両手いっぱいの見舞いの品を抱えて近づいてきた。リリシアはそのふたりの姿に思わず圧倒される。「まずはしっかり栄養付けねぇとな!」「リリシアの為に、吟味して選んだんだ」アルベルトとリゼルは、次々と気遣いが込められた菓子や花等の見舞いの品をリリシアのベッド脇のテーブルへと積み上げていく。ふたりからの不器用な優しさに、思わず笑みが零れる。けれどそんなふたりを横目に、テオは腕を組みながら呆れたように大きく息を吐き出す。「全く、勝手に何日も眠りこけて、勝手に目を覚ましてんじゃねぇよ……!」あまりの剣幕に驚きつつも、その声音の端には確かな安堵が滲んでおり、どこかホッとしてしまう自分がいた。そんなリリシアにハノが静かに微笑んで声をかける。「リリシア、こうして目覚めてくれて、本当に良かった」「……ハノ様も、ありがとうございます」リリシアは胸がいっぱいになりながらも、やっとの思いでそう言葉を返した。その直後のことだった。再び扉が開く。少し遅れて訪れたユエリアの姿を見た瞬間、互いに言葉を失った。駆け寄ってきたユエリアとぎゅっと強く抱き合い、互いの温もりを確かめ合うように、ふたりはただ静かに涙を流す。そこへ訪れていたラズエラが気品ある佇まいで歩み寄り、そっと声をかけてくる。「リリシア様、ずっと心配しておりましたが……本当に良かったですわ」その美しい瞳が潤んでいるのを見て、胸が熱くなった。するとそこへ、ソフィラが温かい眼差しで近づいてくる。そして、手を握り、名を呼んだ。「リリシア様……」リリシアもすぐさま名を呼び返す。「ソフィラ、さん……」互いの名前を呼び合った瞬間、溢れる想いに堪えきれず、ふたりして涙ぐんでしまった。だが、それだけに留まらず驚くことに、今度は気高い気配と共に、側近を制したシャイン皇帝自らがこの部屋へ足を運ばれた。その神々しいお姿の
* * *深い眠りの底から、すぅっと光に導かれるかのように、リリシアは目を覚ました。月の光が、優しく窓辺を照らしている。――この天井に見覚えがある。ここは以前、宝石の魔術を体に馴染ませる儀式を済ませる為、シャイン皇帝が用意してくれた秘密の部屋。あの夜、確かにここで一晩を過ごしたのだと思い出す。ふと、手に優しい温もりを感じてそっと視線を向けた。そこには、両膝を床についたまま、自分の手をぎゅっと握り締めた状態で布団に顔を埋(うず)めて眠っているあの方の姿があった。「……ルファル、様……?」掠れた声で名前を呼ぶと、それに反応するようにルファルがゆっくりと瞼を持ち上げ、布団から身を起こした。「リリシア、良かった……ようやく目を覚ましたか」「よう、やく……?」「倒れてから、丸3日眠っていたのだぞ」驚きのあまり、リリシアは思わず目を見開いた。「丸3日も、ですか……?」「ああ。お前が倒れてからの宮殿は大変だった。この部屋に運び込んで寝かせた途端、エルシー達が一斉に詰めかけて大騒ぎになったかと思えば、ユエリアやラズエラ、ソフィラ、それにカイスまで酷く心配して駆けつける有様で……。挙句の果てには側近を制して入ってきたシャイン皇帝が自らお前を診て下さったのだからな」ルファルは、ふぅ、と小さく息を吐き出す。「シャイン皇帝のお言葉によれば、皆を癒やしたせいで月姫の力が急速に枯渇し、危険な状態ではあるものの、私の方から月の魔術を送り続ければいずれ目覚めるだろう、とのことだった。だから、ずっとこうしていた」「え……これまでずっと、ですか? ルファル様、お身体は大丈夫なのですかっ!?」リリシアは慌てて上半身を起こそうとする。けれどルファルが、すっと手を伸ばし、リリシアの背中を優しく支えながら起こした。「おい、無茶をして一人で起き上がろうとするな。お前
そうして世異が完全に消滅した直後、リリシアの両掌に皆の魂が降りてきて――。気づけば、見慣れたフェリカディア宮殿の庭らしき場所に立っていた。「リリシア」不意に名を呼ばれて振り返ると、ルファルも同じ場所に立っていた。そして、その視線の先には――。騎士団の人々。ハノ。エルシー、ユエリア。テオ、アルベルト。リゼル、ラズエラ。カイス、ソフィラ、シャイン皇帝の側近。更にシャイン皇帝までもが雪の降り積もる冷たい地面に静かに倒れていた。その光景に胸がぎゅっと締め付けられる。「ルファル様、戻ってこられたのでしょうか?」「ああ。間違いなくここはフェリカディア宮殿の庭だ。リリシア、その魂を皆に」ルファルに促され、リリシアは頷き、あの温かな日常を取り戻す為、両掌をそっと天へと掲げた。すると、リリシアの掌から暖かな精霊の光を纏った魂たちが、それぞれの心の元へと優しく還ってゆく。それと同時に、月姫の力の光が天から雪降る庭へと降り注がれた。月姫の神聖な光に包まれると、皆の深い傷がみるみるうちに治っていく。不思議なことに、凍てつく地面の雪は嘘のように溶け、その跡から名も知らぬ美しき花々が芽吹いていく。そうして朝日が差し込む中、庭一面にその花が鮮やかに咲き誇った。「ルファル様、花が……こんなにも綺麗に……」「月姫の力の光の影響だろう。とても美しいな……」「はい……」夢のような景色をふたりで見つめながら、リリシアはようやく確信し、言葉を告げた。「ルファル様、全て、終わったの、ですね」「あぁ。ようやく全て終わった。……長かった」ほんとうに、そう呟きかけて、リリシアは言葉を失った。ルファルが、今まで見たこともない程に優しく、愛おしそうな瞳でこちらを見つめていたから。「――お前がいてくれたからこそ使命を果たすことが出来た。
――――皆が、死んでしまった……? ルファルの身体に触れていたリリシアの手が、力なく冷たい床へと滑り落ちてゆく。 そんなはずが、ない。 夢だと、どうか嘘だと言って。 (皆様が、ルファル様を守る為に張った最後の結界が、あんな一瞬で破られてしまうなんて――) 「――リリシア、大丈夫だ」 そんな冷たい絶望の中、不意に耳に届いたのは、紛れもない、あの方の、ルファルの落ち着いた低い声だった。 縋(すが)るような、希望を見出すような思いでうつ伏せのまま少し顔を上げると、背中に気高い白い翼を広げたルファルが、息を呑む程に美しい姿で傍らから静かにリリシアを見下ろしていた。 「皆の魂の気配を奴の中から微かに感じる」 「で、では……?」 「まだ奴の中で“生きている”」 ルファルはそう告げると、優しくリリシアを抱き起こし、床に落ちていた月紐を拾い上げて、左の手首にしっかりと巻き付ける。 (ルファル様の月紐のおかげか……不思議と、あんなにも凄まじかった左肩の痛みが嘘のように引いていく……。それどころか、体の奥底から温かな力が湧き上がってくる……) この温もりを感じているだけで、心の震えが少しずつ収まっていくのが分かる。 「リリシア」 ルファルのその凛とした一言に、リリシアは力強く頷いた。 (もう怯えない。わたしも、ルファルと共に) ルファルと立ち上がり、今度は一層強く、清浄な光を宿した結界を彼の周りに張り巡らせる。どうか、わたしのこの光がルファル様を守り抜いてくれますように。「ルファル様」 リリシアの呼びかけに、ルファルは静かに頷き返してくれた。 気高い光の結界に包まれたまま、ルファルは悪鬼のような形相をした世異の元へと風を切るように飛んでいく。 そして、ルファルが剣を振り下ろすと同時に、夜空の月をなぞるように清浄で神々しいドラゴンが顕現する。 直後、ルファルがそのまま剣を横薙ぎに引くと、ドラゴンは禍々しい気配を放つ世異を鋭く睨(にら)み据えた。 すると世異は顔を歪め、言葉を吐き捨てる。 「光を放つな。奪おうとするな。壊そうとするな」 世異の姿は狂気に満ち溢れ、怒りを剥き出しにして更に続けて叫ぶ。 「私とリリシアの、ふたりきりの幸せな世界の訪れの、邪魔をするな!!」 狂気そのものの叫びと共に、世異は両手で剣を高く振り上げた。 その目
* * * 床に冷たい倒れ込んだまま、リリシアはすぐ傍らにいるルファルの姿を見つめた。 目の前では、ルファルの姿をした偽者の男――世異が、片膝をついたルファルの額へとゆっくりと掌を近づけていく。 そして、世異の禍々しい掌が、ルファルの額に触れた瞬間。 「う、わああああああああ!!」 ルファルが激しく身を震わせ、苦悶に身をよじらせ絶叫した。 苦悶の声は玉座の間全体に響き渡り、その姿を見ただけで、胸が張り裂けそうになる。 (ルファル様っ……!)ルファル様を奪わないで。 どうか、この方をこれ以上苦しめないで。「このまま苦しみながら永久に眠れ」 世異の冷徹な声が冷たく響く。 「させ……ない……」 リリシアは震える手を必死に伸ばす。 冷たくなった指先を這わせてでも、リリシアはこの方に触れたかった。 「ルファル様は……わたしが、お守りします」 リリシアの指先がルファルの身体に触れた瞬間、胸の奥底から溢れ出た強い想いに応えるように、ふわりとルファルとリリシアの身体を優しく包み込む温かな光が広がった。 ルファルを守ろうとする清浄な結界が張り巡らされ、世異は舌打ちをして僅かに距離を取る。 「はぁ、リリ、シア、っ……」 リリシアを気遣うように紡がれたそのルファル声に、リリシアは胸がいっぱいになりながら、せめて安心してもらえるよう、優しく微笑みかけた。 大丈夫です、わたしがついていますから――そう伝えたくて。 「おのれリリシア、まだラルファルを守るか。リリシアに守られて情けない奴め」 吐き捨てるような世異の言葉に、床に倒れていたエルシーが悔し涙を流しながら泣き叫ぶ。 「ルファル様を馬鹿にしないでよぉ!」 エルシーの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。 その声には震えが混じりながらも、誰よりも熱い想いが込められていた。 「ルファル様は最強魔術師! 誰よりも強いんだからぁ!!」 エルシーは絞り出すような叫びと共に、眩い星の魔術の精霊の光をルファルへと飛ばした。 「……っ、ルファル」 同じように床に倒れていたハクもまた、苦痛に耐えながらルファルの名を静かに、けれど強く呼び、海の魔術の青く美しい精霊の光を託す。 「隊長」 「受け取れ」 テオとアルベルトが、圧倒的な雷の魔術の精霊の光、そして鮮やかな焰の魔術の精霊の光を続けて放つ。 「僕らの
* * *冷え冷えとした空気の中、ルファルの身体の奥底から、肌を刺すようなパリッとした殺気が弾けた。この男を――跡形もなくこの世界から消し去る。「この私を完全に消滅させるだと?」その殺気に応えるように、世異は手にしていた鎖鎌を黒い邪気へと変え、歪な剣を創り上げて不敵に構える。「やれるものならやってみろ」吐き捨てるような言葉が消えるよりも早く、ふたりの剣先が激突した。直後、世異は背中から広がった6枚の翼を鎌へと変形させ、同時にルファルへと放つ。されど、そんなものに惑わされるか。ルファルは瞬時にその刃の先を全て斬り落とした。そのまま神速に踏み込み、ふたつの剣が激しく火花を散らす。身を翻し、横に一回転して、更に鋭く踏み込み剣を振るう。そして再び剣と剣が激しくぶつかり合ったその瞬間。ルファルは怒りを込めて言い放つ。「父上を、シャイン皇帝を、この場にいる皆を、そして――」ルファルは全身の力を込め、剣で世異の剣をぐっと押し返す。「リリシアを、長きに渡り呪いで苦しめたお前を――絶対に許しはしない!」世異は力任せに剣で押し返し、ルファルは体勢を立て直すべく、一度距離を取る。そして床を蹴り、一直線に駆け、一気に高く跳び上がった。「消え失せろ」シャイン皇帝と同じ軌跡を描き、世異の背中をナナメに切り裂く。「がっ…………」世異が苦しみの声を上げ、その身体がぐらりと前に傾いた。ルファルは華麗にバク転し、軽やかに床へと着地する。――だが。世異は凄まじい執念で床に踏み留まり、瞬時にルファルの方へと振り返る。そのまま体の向きを変え、光の速度で床を蹴り――気付いた時には、世異はすぐ目の前にいた。そして、冷徹な闇を帯びた世異の剣が、ルファルの右肩を容赦なく貫いていた。「っ……!」熱い痛みが全身を駆け巡る。剣が引き抜かれた瞬間。右手の力が抜け、ルファルの右手から剣が
「――勘違いをするな。私は嫁いだとは微塵にも思っていない。お前はただの下働きだ。いつでも死んでくれて構わない」酷く冷たい刃のような言葉。そう言われることは始めから分かっていた。なのに体が一瞬ぐらつきそうになり、必死に耐える。「かしこまりました」リリシアは了承すると、ただ深々と頭を下げた。震える手を握り隠し、倒れてけどられないよう、ぐっと足を踏ん張る。すると足音が徐々に近づき、リリシアの隣をルファルが通り過ぎた。ルファルはカイスにワイングラスを手渡し、部屋から出て行く。リリシアは、ほっと息を撫でおろす。ルファルが通り過ぎる時、「――」と何かを囁いた気がしたけれど、なんとか、や
* * * それからというもの、リリシアは月を見る度に体調を崩すようになった。 ユエリアは月の魔術の力を完全に閉じられ、病に伏せた。 そして、ユエリアの「ドラゴンに似たイーグルの怪異を見た」という説明のおかげで怪異が原因なことを両親に信じてはもらえたが、リリシアはベルフォード家の恥、「月影」と呼ばれ、朝から晩まで家事と雑用を押し付けられ、夜は鳥籠のような部屋に閉じ込められる日々が続き――、18歳となった今もそれは変わらない。 「月影! お前が樹木に触れ、怪異を呼び寄せなければ!」 毎晩のように、母が叫び声を上げ、押し込められている部屋の扉を乱暴に開けられ、中から引きずり出される。
* * * わたしは月に嫌われている。 そんなことは分かっていたのに。 リリシアは内心で嘆く。 美しい青年がリリシアをお姫様抱っこし、銀色の月に照らされた夜道を歩き続ける。 その度に揺れる月紐で一本に結ばれた、うるわしき髪。 リリシアは、ぐったりとしたまま胸に誓う。 決してこの青年に悟られてはいけない。 姉を、そして、家を救うまでは――――。 * * * 帝都の離れに一軒の小さな家がある。 その玄関前の庭で箒を握り、落ち葉を掃く小さな娘がいた。 「リリシア、髪、ボサボサじゃないの」 父と共に家に帰ってきた姉が小さな娘、リリシアを見て言う。 「あ、お姉さま、お父さま、
その日の夕暮れ、リリシアは部屋で出立の準備を済ませ、ユエリアの病床に足を踏み入れた。冷たい床に跪き、リリシアは告げる。「お姉さま、今夜、ハクヴィスの邸へ嫁ぐことになりました」潤む目に映るのはベッドに横渡るユエリアの姿。本来ならユエリアの部屋に入り、近づくことすら許されない。けれど、最後だから。こんなはずじゃなかった。あの時までは幸せだったのに。リリシアは震える手をぎゅっと握り締める。するとユエリアが弱弱しく微笑み、口を開く。「リリシア、頭をこちらに」頭を近づけると、ユエリアが手を伸ばし、美しい月の花の髪飾りが付けられる。「私はいつでも貴女の味方よ」ユエリアの手が触れ、







